requiem(仮題)

ちんこんか

鎮魂花?

ちん こんか

鎮魂歌?
紫の落花生やら、山羊のレバ刺しや
らが食べたい

毒も無意味
薬も無意味
ちんこ んか
きんこんかーん

だだっ広いしゃちほこ型の雲
だだっぴろい毒
も無意味

泥が角膜に闖入しても遮二無二泳ぎてぇ
羽虫に血を盗まれても車を洗いてぇ



秋の稲穂、無数の山岳に臥す

サナトリウム(きんこんかーん♪)

その反対は、

ただの青なる
Two Dogs One Night

恋愛の相談なんて出来ない。どんなに順序立てて丁寧に説明したところで「なら何故付き合ってるの?」と訊かれるに決まってるから。私ならそう訊く。いくら肯定的に捉えようとしても巷に溢れている当たり障りない美辞麗句以上のことは言えないと思う。相談相手に助け舟を出せないまま、私はきっと申し訳ない気持ちになるだろう。
性格の真逆な二人が一緒になるのはよくあることかもしれない。それでも大抵は徐々に落としどころのようなものを見つけ、上手くやっていくものだ。最も重要なある部分を除いて、互いに折り合いをつけながら、日常を通わせていく作業。
私達の場合そういったものがいっさいない。いっさい。そうした努力はしてきた。しかしそのきっかけすら掴めない程、お互いが遠いところにいるのである。あらゆる事象が二人には帰納法的に逆さまの姿を映された。私の喜びはしばしば恋人にとっての不愉快だったし、逆もまた真。こんなのはまだまだ序の口でしかない。私達は常に0か100かだった。安定という言葉はそこになかった。安定する為には余分なものがある程度なければならないことを、私は初めて知った。けれど余分なものなどどこにもなく、全てがお互いにない重要なものだった。

実際、それらの全てが善いものだとは言わないにしても、私達はあらゆるものを持ち合わせていた。でもそれ故分かち合うことに関しては、とても下手だった。したくても出来なかった。だからいつも失敗ばかりする。それこそ喧嘩のときなどスワヒリ語と古代中国語で話しているかのように全く噛み合わなかった。

「なら何故付き合ってるの?」


私と恋人が上手くやっていけるということは、世界が平和である(もしくは、平和たり得る)ということだと思う。事実私達は色んな人達から驚かれる。その度に私はこっそりと、どこか誇らしい心持ちになる。
またこの相手と上手くやっていけたなら、どんな相手とも上手くやっていけるということような気がする。
そしてこの相手と上手くやっていけないようなら、どの相手ともやっていけないような気もする。
それは相性が良いとかそういうことでは全然なくて、私達の持つ特殊な性質に起因しているようだ。その事実は時に私達を諦めに似た気持ちにさせるし、時に幸福に似た気持ちにもさせる。



夜。
湿り気を含んだ外気を押しやるように、散歩に出かける。鈴虫が鳴くのは魅力的な個をアピールする為の工夫された音色なのだろうか、それとも優れた音色は優れた音色そのものが魅力的な個体とイコールで結ばれているのだろうか。この二つは似ているようで違う。けれどどうでもいいことだ、とも思う。今年は例年より蜘蛛の巣が少ない。住宅街には堀があってそこに水が流れている。水は殊の外きれいだ。パソコンを使うようになってから書かれたものは電脳空間に浮遊するただの概念になったような気がする。紙という象徴に明文化された一つの証としてではなく。けれどそれもどうでもいいことなのだろう。私の育った村には住宅街に堀などなかったが、どうやって雨水を処理していたのだろうか。地下で処理していたのだろうか。単に見えるか見えないかという違いだろうか。子供の頃、知人のおじさんにカヌーが好きな人がいて、連れていってもらったのを思い出す。河の水はところどころ速く、深い。私は明日も歩くだろう、犬と共に。カロリーを消費する為に。あるいは、世界を平和にする為に。
知らない道

知らない道を歩くと

知らない犬が吠えてきて


マンションの電気は消えていて

入り口だけ光ってて


空き地には雑草がみっと生えていて

お問い合わせは(株)エステート赤坂


豪華な邸宅があって

二階の壁には時計が2つかかってて


一坪くらいの玉蜀黍畑があって

合歓の花が雨に濡れていて


知らない女とすれ違って

去った後にシャンプーの匂いが届いて


月が顔を出してて

道を忘れないうちに踵を返して





         黒






       胡










      黒胡椒     椒
皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿
仙台すずめ踊り祭り

仙台は、天神祭、ナイトマーケット、すずめ踊り祭りと連日縁日続きだ。

人混みが大の苦手だった愛犬もここ数日でだいぶ度胸が付いてきたのか(それともただ諦めたのか)ちょっとやそっとのことでは動じなくなってきて私もそれを嬉しく思っていたのだけど、それでもすずめ踊りのお囃子は流石に恐怖を感じるらしく体をブルブルと震わせては視線をあちこちに泳がせ落ち着かないようだった。
でも単なる喧騒ならいざしらず、こうした縁日特有の熱気に包まれることは必ずや彼の今後の役に立たんと信じ私は心を鬼にし、実に三時間余りそこを離れずにいた。

当日はやや曇り空で、しかし湿っぽくはなかったから踊り手にはさぞ快適な踊り易い陽気だったろう。
祭りは午前中から始まっていて私が着いたのが二時頃。既に半数程がその仕事を終え散り散りになり、残りが踊っているかその準備をしているといったところで物見遊山でふらつくには程良い時間帯だったようだ。

仙台すずめ踊りと言えば市内で行われる様々なイベントにしょっちゅう顔を出し、その上広報にかなり力を入れているものだから年中街のいたるところにポスターが貼ってあるという様相で、市民からはやれ有り難みがないやれソーラン節の二番煎じだなどと言われることも多く、私にしても一度見物しようとしたところ折り悪く都合が付かなくなってしまって以来何となく億劫になり、それっきりにしていた。この日も偶然体がまる一日空いた日に「仙台すずめ踊り祭り」なんてその名を冠した催しを人から知らされなかったら犬と一緒に公園の芝生でも駆け回っていたいたことだろうが、それはそうと宮城野通りには日曜ということもあり大勢の人が集まっていた。
広報の成果なのか、遠方からはるばるやって来てる人もいるらしい。出店は花火大会のときのみたいな焼き鳥屋があってかき氷屋がありその二軒隣にまた焼き鳥屋、なんてことにはなっていなかったが、通りの両サイドに一通りのものがあり値段はやや割高だったものの、その分ちゃんとしたものを出しているようだった。
心持ち日が照ってきてからは皆ビルの入り口やパラソルの下、街路樹の木陰などに佇み一部の中心部を除けば祭というより賑やかな休日のような感じで、それが物足りないというよりは仙台という街に合っているような気がした。


踊りはいつまで観ていても飽きない。ほんの八年前まで殆どその存在を知られていなかった伝統舞踊を急遽メジャーなものとして盛り上げようとする無理矢理感や、町興しというものが大抵の場合引き起こす周囲へのしらけ、それによって刺激される市民のプライドなどとは無関係にすずめ踊りはとても良かった。
あるいはスポンサーになる団体がこれだけいるのも単なる圧力によるものではなくて「これはいける」と思った人が多かったからかもしれず、いずれにしても仙台すずめ踊りは私がこれまで観てきた舞踊の中でも指折りのものと言えると思う。あと十年もすれば、何かのきっかけで全国に広まったりするんじゃないかしら。

元来私は、紙とペンさえあれば(いや、それがなくても)可能な文芸という言わば精神性の塊みたいなものに慣れ親しんできたせいか、その対極にある純粋な舞踊系のものに強く惹かれる質で、最近観たどんな映画よりも白熱した有意義な時間を過ごすことが出来た。
すずめ踊りは半被に股引という衣装を纏い両手に扇子を持った踊り手と、同じくお決まりの衣装で太鼓や笛などを扱う囃子手とに分かれ一定の区間で行われる。踊り自体は比較的シンプルなもので、中には息の合った精密な動作をして観客を煽ったりする団体もあるにはあるが、基本となるのはやはり定形のステップでこれが本当に雀のようで観ていて面白い。一応盆踊りのように簡単な手順で練り歩くことも出来るみたい。
踊りを披露する大小各々のグループは「祭連(まづら)」と呼ばれ、組合や学生サークル、地域の子供会などからなる。特設ステージも設けられていて気合いの入った団体はそこで演っているようだったが、それよりも道路上で気楽に踊っているところの方がずっと見応えがあった。
出番が回ってきて一通りのフォーメーションを終えた後、円陣を組んだところが一番の妙で、二三人が輪の中をばらばらに例の独特なステップで舞う。外側の人はしゃがんで静かに中心に向けて扇子を上下させる。踊り手の気が済んだら座っている人の中から任意で誰か一人を決まった動作で指名し、交代する。交代した後は指名した人が座っていた場所にしゃがんで、扇をぱたぱたさせる。これが延々と繰り返されるのだけれど、厳つい男性から初老のおばさんへ、おばさんから幼稚園ぐらいの子供へ、子供から小粋なお姉さんへ、お姉さんから脂の乗った中年おじさんへ、と代わる代わる交代していく様はまるで夢の中の光景のよう。ある程度踊ると段々中の人数が増えてより入り乱れる感じになる。更に知人同士なのか違う祭連の人まで飛び入りで混じったりして、観ていた私は歓喜せずにはいられなかった。大袈裟だろうけど、ここに人生がある。そんなふうにさえ感じた。

会場から程近いところにスターバックスがあったので、犬に餌をやりながら私はこれを(半分くらい)書いている。犬に「おどおどしてないで。これが大和の心ってやつだよ。分かる?」などと言い聞かせてみたところで情けなくも彼はそっぽを向きぷるぷる震えるだけだ。でも家帰ればいつにも増して安心してダレーっとすることだろう。その姿を想像して私は少し微笑ましい気持ちになった。


ときに、個性というものについて考えている。個性とは元々日本にはなかった概念で、個人の内面的な意識の違い(それが外面にまで押し出されることもあるけど)というふうな理解の仕方を私は概ねしていた。
しかし似たような装束を身に纏い、似たような舞を踊る彼らに『固有性』のようなものを確かに私は感じたのだった。そこでは個人の目鼻立ちなどただの模様に過ぎず、また内的な価値観・感性も囃しと熱狂に呑みこまれている。表情にしたところでひょっとこや翁の能面のように記号的な意味合いしか持たない。もはや彼らを彼らたらしめるものは何もないのである。にもかかわらず、彼らはそれぞれが確固たる個としてそこにいて、稀に恥ずかしそうに踊る女の子なんかがいるのを見ると(嫌々踊らされてるのかも)却って没個性的であるという点で醜穢ですらあった(可哀想でもあった)。

はたして「和をもって貴しとす」日本の文化にも西洋的な個性に代わるものはあったのではないだろうか。ただそれは幾分見えにくいところに存在する。古来より連綿と受け継がれた民間信仰のような形で私達の意識の奥に紛れ込み、普段は見ることが出来ない。しかしそれを年に一回だけ見せてくれるのが、日常の弾性としての「祭日」だったのではないのか。
更に想像を飛躍させるなら、ルネサンスの時代に西洋人を魅力したのも単純な物珍しさだけではなく、そういった彼らとの共通性を日本の伝統工芸の中に見出すことが可能だったからではないだろうか。
勿論それ故のネックはあるだろうし、手放しで賞賛するわけではない。が、とりあえず私的な発見としてまた機会があればゆっくり考えてみたい。

家路に就くと、すっかり疲れ果てているだろうと思っていた愛犬はせわしなく動き回り、試しに散歩に誘ってみると喜んで飛びかかってくるので夕方にはいつもの公園で存分に転げ回った。こやつもなかなかにタフだ。
君知りたまふことなかれ

梅雨明けはとっくのとっくにされているけど、それでもしばらくの間はすっきりしない空模様のまま小雨が降ったり止んだりする状態が継続していく梅雨と急激に真夏日モードに切り替わる梅雨があって今年は前者で、夜中には町中に立ち込めていた深い霧が隣家の屋根から差し込むぼんやりとした朝日と共に薄れ、尚も庭の木々や軒下に残留しようとする靄を躊躇いがちに涼しげな風が払っていく。寝呆けた声で欠伸をする一匹の蝉。この時期の小鳥たちは静かだ。やがて遠くからタイヤの擦れる音、のそのそとゴミ出しにやってくる人。徐々に生活の気配が立ち昇り、それと同時に少しづつ日差しも強まって。
改めて庭の植物たちに目をやると、充分に成育した新芽が夏の階段を駆け登る直前の一時の安らぎといった体でその姿はどこかふんわりと品がある。無数に貼られた濡れた蜘蛛の巣も硝子の首飾りのように見えなくもない。こうした景色を眺めていると、私はあたかも西方の異国に居るような気になるし、これこそまったき日本の初夏であるような感じもして不思議なものです。ひょっとしたらこういうのを原風景なんて呼ぶのかもしれませんね。


無知の知、という言葉があるのをご存知でしょうか。割と有名な話なので簡単に掻い摘んで説明すると、既に賢者として名高かったソクラテスがそのことに疑問を抱き(彼は自分の知らないことが世の中には沢山あることを知っていました)知恵者と評判の人たちのところを訪ねてゆきます。しかし我こそが真の賢者であると豪語する者ほどその知識が不完全という有り様に気付くのです。
そこで彼は言いました。「私は自分が知らないということを知っている。どうやらその点で、僅かながら彼らより賢いようだ」と。
日本風に訳すのなら「実るほど頭を垂れる稲穂かな」といったところでしょうが、こちらはやや道徳的な意味合いが強くその分"本当の知性"といったニュアンスはさほどありません。
また彼はこうも言っています。「自分はものを知らないということを知っている。そう考える人間よりも、知らないことが沢山にある、そのことについて自分は知らない。そう考える人間の方が優れている」と。

私達は日々何かを学び、血肉として糧にしています。しかしそれらのない状態をつい意識してしまうのは、決して来た道を戻れないように人間の成長というものが不可逆である為ばかりではないのではないでしょうか。
何かを探求し、長じることは立派なことです。ですが無色透明であるはずの情報が往々にして人の手によって着色されていくように、長じる人もまた年月と共に風化してゆくものなのです。ソクラテスの偉いところは色んなものをどんどん拾っていってそれでも透明であることに価値を置き、自分もまた…と、やっぱり道徳的な話になってしまいましたね(もっと理性的なことを言うつもりだったんですが)。
ただソクラテスがそこまで大層な人格者かというとそれも疑問で、妻のクサンティッペなんか彼のせいで世紀の悪妻といわれているけど、私は男女の間に起こることは全て相互責任だと思っていますし、また実際彼にもその程度に不手際があったのではないかと思います。自分だったら彼と親しい友人になれたかどうかも結構微妙です(向こうから願い下げかも)。

えーと、少々脱線ましたが知らないということは必ずしも侮蔑されるべきことではないということです。むしろそれだけ身軽になれるという点では美徳ですらあるでしょう。
私の母は軽はずみなところもありましたが、思い遣りのある強い女性でした。しかし一方で事務的な手続きなどにまるで疎く、子供ながらに私は「よくそれで大人やってるなぁ」などと思っていたものです。
でも今なら判るような気がします。母がそうした世間知らずさを保つことが出来たのは、他ならぬ父の存在があったからだと。オレオレ詐欺に引っかかるようなお年寄りは、日本の財産です。どうか情報弱者などと呼ばないで下さい。
物事を知るのはきっと良いことでしょう。知らない者の手助けが出来るというその一点に於いて。

最後に、私達は産まれたままの姿ではないので全ての人が大同小異、知る者であり知らぬ者です。
その都度それぞれの役割を演じつつ、精々と今を楽しみましょう。その際最も重要な事柄は素直であるということ、態度ではなく、心が。柔らかであるということです。そして最も不幸な状態は「知らない」のに「傲慢」であるということです。
今日は結局最後まで道徳チックな進行でしたね。まぁいいや。軒下にアシナガバチの巣があります。でも彼らが人に害を及ぼすことは殆どないので、冬まで一緒に居れたらと思っています。
詩とその他の表現について

まずは詩について。現在詩には二つの悪弊がある、うち一つは権威という名の悪である。権威はあらゆる文芸について回るものだが、詩ほどその悪影響を被っているものはない。何故なら、数ある表現手法の中でそのいずれにも属さない形無きものを詩と呼ぶのであり(ここでは一般的な意味での詩、即ち自由詩)、それに対して無粋にも形を与えんとするのが権威というものだからである。

言葉の持つ気配やそこに込められた心象を素朴に愉しむはずのものだったはずの詩に、一体誰がそんな余計なものを介入させてしまったのだろうか。
それをしたのは詩人ではない。恋に敗れた昔の貧しい詩人が「嗚呼、神の偉大さにも似たこの崇高な愛がなんたらかんたら!」などと嘯いていたのを真に受けた、詩人になれなかった者達である。普通の詩人ならこんなもの「馬鹿やってるなァ」と一蹴するか、ふざけて悪乗りするかのどちらかであり、また詩に全く関わりのない人間も同じく「馬鹿だなァ」と相手にもしないところを、不幸にも彼はその素直さと素直さが時にもたらし得るある種の厚かましさによって、それを自分のものにしようとするのである。
けれど形無きものに価値を認めるという観念は彼の世界にはない。そこでお節介から(また多少の見栄から)形を与えようと冠せられたのが権威というものの実体である(それはやがて権威の匂いに敏感な政治屋やゴシップ好き、商売人などに利用されていくことになるのだが、それについてはまた別の機会に譲りたい)。
彼らの末裔は現代にもいて、今もお酒を注いでくれるお姉さん相手に芸術論を戦わせたり、ひょっとすると一般の人に文芸を分かり易く紹介するなんて名目で渡世としていたりして詩人と詩を読まない人々との断絶をより深いものにしている。

もし詩が権威という衣を捨て去ることが出来るなら、つまり注視に値しないごくありふれた存在になり得るのなら、それだけで広く文化に貢献することが出来るだろう(大げさな意味ではなく、ありふれた意味に於いて)。
私は常々こう考えているのだけれど、路上に貼られたまま風化した奇抜なポスターや、書き殴られた素人のスプレーアートなんかに対する視線と同程度の高さにあることが、詩に最も相応しい扱われ方なのではないだろうか。今ネット上置いてある中の最低ラインの詩さえ、そんなふうにかすれた字で電柱にでも貼ってあったらちょっとは面白いんじゃないかな。
要するに詩は基本額縁に嵌めて美術館で有り難く観賞するようなものでは決してない。そういった御威光に詩は堪えることが出来ないのである。それを詩の脆さ、未熟さと言うことは出来るかも知れないけれど、私はそれを詩の儚さだと思う。
そして儚いものに価値を合わせたものが本来の詩の姿なのではないだろうか。


書くのが面倒になったから手短にするが、もう一つは科学という悪である。
学者連中が編み出した『仮定→結果』という新プラグインは、それまで物事の当然の筋道とされていた『結果→仮定』そして『心性』という観想を覆す最大の裏切り行為であり、その影響は詩の世界まで及んだ。その結果、時に微細な精神の機敏に触れ、時に肉体的なダイナミズムを体現しながら千変万化、変幻自在、自由気ままに書かれていた詩は「科学のように書くか/書かないか」のどちらかを選ばざるを得なくなり、それらはそれぞれ全く性質の異なるものとして扱われ、それまで詩が持っていた新鮮さや豊潤さは徐々に失われていくこととなった。


しかし詩人にも落ち度がないわけではない。そもそも詩人が善人であるとか清らかな人々であるっていうのが間違いの元なのだけど、それにつけても私がこれまでネットや現実で会ってきた詩人の中には問題のある人が少なくなかった。
それは社交性が云々とかそういうつまらないことではなくて、なんというか、自分の中に矛盾があってそれを詩に託しているような。未熟さを保守しつつそれを逆手に取って横暴を振るったり、過剰な自己愛によってそれにそぐわないものを軽視したり(こういう人は一般にいないこともないが、質の悪いのはそれが詩人だから許され得ると本人が思っている点で)、そういった苦悩や矛盾と共に真剣に生きるのが詩人だというならともかく、残念ながら詩が個としての向上や周囲への貢献を放棄する拠り所になってしまっているようなのである。

私はここで詩人の方々にお願いしたい。
詩を自己憐憫の下地にはしないでほしい。自己陶酔の受け皿にはしないでほしい。認められない自己愛の対象にはしないでほしい。やり場のない憎悪の温床にはしないでほしい、と。

確かに詩は、それらの全てを引き受けても尚その固有性を保全するだけの度量、懐の深さを持ってる。けれど、それじゃあ、あんまりじゃないか。あなたがあなたのご両親に祝福されて産まれ、どこかしらに生きる意味を見出し得ることと同じように、詩にもそういったものがどこかにあるかもしれない。

私は、詩はもっとよいものだと思う。あなたがもし逞しく在ったのなら、詩はきっとあなたと同等の、頼もしい存在として友誼を交わすことだろう。あなたが弱く在るのなら、それでも詩はあなたと同じやさしさを持ち、従容としてあなたを受け入れるだろう。だが自分の足で立つことを放棄し、あらゆる感情を詩に殴りつけるのはそろそろ止めにすべきではないだろうか。
「すごく哀しい」そんな言葉を武器に安価なメランコリィに逃げ込むべきではない。感じることは感じることとしてそのままでいい、しかしそれを外界から身を閉ざす論拠にしてはならない。人は悲しみに暮れる時、武器を手放さなければならない。パーティーを抜け出すのだったらせめて、ひっそりと。



詩という表現はとても難しい。なにせ表面上は半分言葉遊びみたいなものだから、どうしても作者は言葉に酔ってしまうことが少なくない。かといって鹿爪らしく堅苦しい語ばかりを使っていたのでは興醒めだ、遊び心はあっていい。あるいはまた、そうした風情と内容のバランスに気を取られることもあろう(原則詩は内容を尊ぶものでもない)。 従って、詩を書く者は絶えず薄氷を踏むかの如きすれすれの地点に自分の身を置き続けなければならないのである。信じられるのは己の経験と感性…、などと言えば聞こえはいいが、ほとんど全ての詩人(無論私も含め)が氷を割ってしまっているのだから情けない。詩人とは善くも悪くもつくづく非現実主義、理想主義なのだ。
一方で小説は、そんな頓馬な落とし穴に陥ることもなく文字言語としての言葉の特性を十全に利用している好例と言えるだろう。進化の過程で言うなれば最も進化した分野ではないだろうか。文章の構造自体の面白味以外に、小説には筋というものがある。広義的には、それはつまりストーリーのことで、書き手という人間あたかもそこにいる(ように見せかけた)演出をするにしても、読み手をまったくの非現実的な異世界にいざなうことにかけてもこの上ない表現手段なのである。単純な推進力という意味では詩と小説は、それこそ幌馬車と蒸気機関車ぐらい違うかもしれない。

また、エッセーやルポルタージュ、紀行記などのジャンルも近年それぞれに成熟を見せつつある(その分倦怠期が至近とも言える)。
個人的な話をさせて頂くなら、詩のように繊細でもなく小説のように強引でもない、散文のように気分的でも具体的でもない文章。「水っぽいひかり」ような文章を今構想しているのだけど、こんな説明しか出来ないようでは日の目を見るのも遠そうだ。

なんにせよ私は文芸を愛し、殊に詩に於いて飽き性な自分にしては珍しいほど打ち込んできた。生粋の本好きや文芸好き、物書きには及ぶべくもないが、生涯に一冊ぐらいこれはと言えるものを書けたらと思ってる。

なんだか取り留めのない文章になってしまって申し訳ないが、このブログを始めるにあたって前回書いたものと今回のと、この二つに関してだけはどうしても書いておきたかった。書かなければいけないような気がした。

甚だ文脈の整わぬお見苦しい乱文を、最後までお読み下さった奇特な方には、幾ばくの戸惑いと、感謝を。
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